自治体DXの元年。求められる人材像とは?

自治体DXの元年。求められる人材像とは?
Author

藤井哲也

株式会社パブリックX 代表取締役

藤井哲也

2021年、官民をまたぐ越境人材の活躍が加速する

激動の2020年が明け、2021年になった。これほど日常に大きな変化を感じた1年間はなかったように思う。新型コロナウイルスの感染拡大が進み、地域経済や、私の専門領域である雇用労働分野にも大きな影響が生じた。ようやく海外ではワクチン接種が始まりつつあるが、国内では未だ夜明け前の様相だ。

こうした不安に覆われた状況を契機に、行政のデジタル・トランスフォーメーション(以下、「DX」という。)の種は芽吹こうとしている。

リモートワーク、テレワークの推進、非接触型決済や脱ハンコといった取り組みのほか、人を介する業務の見直しが進められた。そうした流れの中にあって、数年前から必要性が唱えられ、一歩一歩進められてきた行政のDX化推進のスピードが、ここにきて一気に加速した感がある。本年9月に発足した菅義偉内閣の目玉政策の一つが「デジタル庁の創設」である。

デジタル庁発足の意義は、12月21日に政府のデジタル・ガバメント会議で決定された「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針(案)」に示されている。

“今般のデジタル改革が目指すデジタル社会のビジョンとして「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」を掲げ、これに向けた制度構築として、IT 基本法の全面的な見直しを進める。このような社会を目指すことは、「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を進めるということにつながる。(デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針(案))”

平井卓也デジタル改革担当大臣は、デジタル庁長官には民間人を充てるとともに、IT人材を民間から100人ほど起用し、500人規模の体制でスタートする方針を示した。さらに、内閣官房・情報通信技術(IT)総合戦略室が、デジタル庁創設に先行して民間人材の募集を1月4日から22日にかけて実施することを発表した。矢継ぎ早の対応である。

その採用職種も『プロダクトマネージャー』、『ITステラジスト』、『リードリクルーター』と行政の内部では、あまり見かけない募集もあり、挑戦的な姿勢が伺える。

2021年は「行政DX元年」というべき一年になるのは間違い無いだろう。

合わせて、政府のみならず、自治体でもDXやEBPMの推進や未来戦略の立案に係る人材の募集が一気に動き始めている。

官民をまたぐ越境人材の市場がまさに今、払暁を迎えようとしている。

官民越境人材が必要な理由
そもそも、なぜ公共政策の推進に民間人材が必要なのだろう。

民間活力を用いる方が経費節減につながるのか。公務員だけで担うことが難しくなったからなのか。「官から民」への行政改革の動きなのか。

民間の人材や資金を活用して公共政策を進める動きは何もここ数年の話ではない。行政改革の一環として指定管理制度やPPP/PFIなどはこれまで進められてきた。私も地方議員を経験した8年間で、行政内部の非効率性に疑問を抱き、民間活力の導入を推進し、その成果を評価してきた一人であった。

指定管理制度やPPP/PFI、そして行政評価制度などにより、確かにより低いコストで、国民・市民にとって、より良いサービスが進められてきたことは事実であろう。

一方で、今回のデジタル庁や、先導的な自治体による民間人材活用の動向は、これまでの小さい政府志向に基づく、「官から民」への置き換えではない。

単に行政サービスのコスト抑制を図るものでもなければ、民間運営による“脱がんじがらめ”を狙ったものでもない。官民越境人材の活用による、「誰一人取り残さない、人にやさしい政策」の推進を純粋に目指したものであろう。

おそらく今後、公共政策の領域においては、官民越境人材の価値が大きく高まっていくはずである。 

これまでの経済成長を支えていたのは、多くの人が抱えていた貧しさからの脱出の渇望であり、その実現のために、精一杯働き、大量生産・大量消費をする高速回転の中で生み出してきた。公共が担ってきた施策も、多数の人が困っている社会課題(とりわけ経済成長を享受できること)の解決から進められてきた。

しかし、成熟した国家においては、経済成長よりも、社会の中で一人一人が豊かに自分らしく生きていくということに、価値観はシフトしつつある。行政側も、多種多様な市民ニーズが顕在化してきた昨今、限られた財源、資源を用いて、公助としてできる限りの行政サービスを提供してきた。

しかしながら、民間から見ても、行政から見ても、もはや経済合理性の限界線上にある。

全国各地の中山間地域を訪れると、それは実感として得られる。最寄りのスーパーやコンビニまで自家用車で30分ほどの距離に2百人程度が住む集落が、私が議員をしていた滋賀県大津市にある。公共交通網の維持が難しく、現在は朝夕の2便しか路線バスは通っていない。

民間の路線バス会社からすれば、経済合理性の観点から撤退はやむなしかもしれないが、自治体にとっても、多大なコストを一部の地域の人のために補助し続けるほど財政に恵まれているわけではなく、経済合理性の観点から、路線バスを縮小し、代替手段としてのデマンドタクシーやNPOなどによるコミュニティバスの運行が検討される。

つまり、マーケットが小さく、課題解決のために多大なコストや労力が係る問題については、「官」でも「民」でも、サービスの提供、地域課題の解決は難しくなってきているのである。

それでもなお、公共の果たす役割から、行政はなんとかしようとするはずであるが、それは結局のところ、違う政策に皺寄せを生じてさせてしまう。

この経済合理性の限界線をより緩和する可能性を持っているのが、行政のDXであり、行政のプラットフォーム化であろう。

昨今のデジタル技術の進化は、いままで行政サービスを提供し続けるのに必要だった限界費用を大幅に低廉化することが視野に入ってきたからだ。

行政のDX推進によって、行政手続きはどこにいてもできるようになるし、医療機関がない地域の住民であってもリモートで診療や薬処方を受けることができる。日用品の購入もオンラインでできるようになるし、子どもも都市部の教育水準で学ぶことができるようになる。地域のDXが進めば、過疎地に住んでいても自動運転の恩恵を受けられる日も来るだろう。

行政のDXは、これまで効率性・有効性の観点から、削らざるを得なかった行政サービスを維持し、地域課題を解決できる施策となりうるのである。

しかし、現在は「なぜ行政はできないのか?やろうとしないのか?」と、民間企業や住民は怪訝に思う。行政からすると、「民間企業とどうやって共創していくべきか」と、これまでの下請け的な関係性から共創的関係性への移行について逡巡する日が続いている。

そんな中で民間と行政双方の立場を理解できる官民越境人材は、行政DXを契機に住民向けサービスのみではなく、雇用労働政策や産業政策、都市計画の分野など、多岐にわたる公共政策において、目下、多くの公共機関が直面している経済合理性の限界線をより緩和することができる存在であると期待される。

「越境経験がある人材」は、本当に役立つのか?
官民越境人材は民間の立場も行政の立場も理解できるから、経済合理性の限界線の外側にあって、これまで十分な公的サービスを提供できなかった課題、人、地域に対しても、誰一人取り残さないように手を差し伸べることができるようになる。

なるほど。しかし、素朴な疑問もあるだろう。

「本当に官民越境人材は役に立つのか。そもそも、『越境経験』って、重要なのか」と。

私の知見から「越境経験」の価値について述べたい。

私は8年間続けた地方議員の職を自分の意思でやめ、2019年の約1年間は、東京渋谷に本社を構える上場企業の社長室で、渉外担当として働いた。国会議員事務所とのネットワーク構築や、官公庁や外郭団体からの情報収集などを通じて、いち早く法改正等の政策動向を探り、会社の意思決定に貢献していくことや、地方自治体との繋がりを深めたい会社の意向に沿って各方面に顔を出し、信頼関係を構築していく役割を担った。

結果として、政治家としての経験を生かして、新たな関係知を築き、多少なりとも会社が着手する新たな取り組みに貢献できたように思う。現在も、複数の自治体で、最上位計画にあたる総合計画や、まち・ひと・しごと創生総合戦略の策定支援に主担当として携わっており、行政と民間、住民の両方の立場を理解しながら、円滑に策定作業を進めることができている。

さらに滋賀県の就業支援機関で、就職氷河期世代支援に取り組んでいるが、これまでスポットライトが当たりにくかった就職氷河期世代の社会問題に対して、行政機関、民間企業双方の橋渡し役となり、各種企画の実施を進めている。これまで蓄積してきた民間企業での就労支援や採用支援の経験、これに地方議会での公職経験という官民越境のキャリアが貢献していると考えている。

以前、私が行った「雇用形態や子育て・コミュニティ活動等がスキル獲得に与える影響」に関する実証研究を見てみよう。

非正規経験が長かった人が、いかにすれば安定的な仕事に就職することができるのかという社会課題において、「子育てや地域・NPOでの活動」もビジネススキルとして援用できるのではないかという仮説に対して、統計的に有意な結果を得られたものである。

すなわち、非正規労働であまりスキルを積んでいないと思われる人であっても、仕事以外の越境経験(子育てや地域・NPOでの活動など)を通じて、ビジネススキルを蓄積している人材もいる。そのため、職務経歴のみを評価するのではなく、職務外の経験にまで視野を広げて人材評価を行い、人材を発掘・選考していくべきとの政策提言に繋げられるものである。

越境学習に関する実証研究を行う法政大学の石山恒貴教授は次のように述べている。

“異なる状況という文脈を横断する(異なる領域の人々と交流する)からこそ、異なる多様な知識や情報に気がつき、それらを統合する能力が醸成されるという越境的学習の効果を示すことができた」(「越境的学習のメカニズム」p205、石山恒貴,2018,福村出版)”

越境経験には価値があるのだ。

民間と行政の間にある深い溝を越境した経験(両方の経験)を有する人材は、ますます市場が拡大する官民連携(共創)の領域で、プロジェクトを前に進める原動力になりうるはずである。

今後、公共政策の推進にあたって、DX推進に限らず、「誰一人取り残さない」というSDGsの理念に沿って、様々な社会課題、地域課題の解決に向けた取り組みが増えてくるはずだ。限られた財源・資源で、難易度が高い課題を解決するために、官民越境人材は必須になってくる。

行政は、より積極的に官民越境した経験を持つ民間人材の登用を進めるべきだと思うし、公共分野に挑戦しようとする民間人材の活用に取り組むことで、課題解決に近づけるはずである。

民間にいる人材や会社も越境経験によって得られるキャリア実現、市場価値の向上を信じて、公共政策の領域に足を踏み入れてほしいと思う。より有能な人材の公共政策への参画が社会をより豊かにしていくはずである。

2021年が、明るい一年となるように、心から願うものである。

(2021年1月7日 PROPUBLINGUALへの寄稿記事を転載)